NISS仮想研究提案 Dグループ [D2] テーマ:プルキンエ細胞の複雑スパイクと運動学習との関係 発表者:小林祐喜 森岡涼子 石田文彦 細谷俊彦 浦久保 秀俊 1.はじめに  Kitazawaらのプルキンエ細胞の複雑スパイクに上肢の到達運動の誤差情報が含ま れているという実験結果[Kitazawa,et al.(1998)Nature]は,理論の立場から見ても, すばらしい成果である.しかし,上肢の到達運動という複雑な運動のため,Kitazawa らの実験結果の解釈には明快でない部分もある.  そこで,本仮想研究ではKitazawaらの実験も基に,次の4つの疑問に対し実験系 を提案し予測される結果について考察を行い,運動学習における誤差信号の解釈に ついて明らかにする. (1).運動学習に対する誤差信号の重要性は? (2).単純スパイクは何をコードしているか? (3).複雑スパイクの第3ピークはどの程度視覚に依存しているか? (4).誤差信号の発生に報酬期待は必要か? 2.仮想実験 2.1.運動学習に対する誤差信号の重要性は?  複雑スパイクがコードする情報は運動学習の誤差情報であると主張するには,ま ず,運動学習と複雑スパイクとの関連を明らかにしなければならない.そこで, 運動学習に対する誤差信号の重要性を検証するために,「到達運動では,学習が進む と運動誤差の分散が減少する」という仮定を設定し,着目しているプルキンエ細胞 へ投射する登上線維を切除し,到達運動を行う.  この条件下で運動を進めるにしたがい,運動誤差の分散が減少するならば,複雑 スパイクがコードする情報は,運動学習に対しては重要ではないと主張できる. 逆に,運動誤差の分散が減少しないならば,運動学習に対する誤差信号の重要性は 認められる.しかしこの場合,登上線維の切除が上肢の運動そのものに影響を及ぼ す可能性もあり,積極的に重要であるとは結論付けられない.  そこで,下オリーブ核(または登上線維)を刺激に複雑スパイクを誘発させながら, 到達運動を行う.このとき,誤差信号と相関のある方向とは無相関に刺激する.  この条件でも,登上線維切除実験と同様の考察が行うことができるが,より積極 的に運動学習と誤差信号との関連を述べることができる. 2.2.単純スパイクは何をコードしているか?  Kitazawaらの論文[Kitazawa,et al.(1998)Nature]では,複雑スパイクは特定方向の 運動誤差をコードしているという結果が得られているが,この誤差情報は単純スパ イクがコードしている情報とはどのような関係があるのだろうか?もし,複雑スパイ クと相関のある運動方向と単純スパイクを相関のある運動方向が直交していたら, 複雑スパイクのコードする情報は学習に寄与しないと言える.また,逆に OFRのような鏡像特性を示すならば,複雑スパイクがコードする誤差情報は運動学 習に重要であると主張できる.  単純スパイクが何をコードしているか調べるため,数十msecオーダーの時間窓中 の単純スパイクと上肢の運動情報との相関を計算する.得られた単純スパイクが コードしている情報の運動方向特性と複雑スパイクのコードする誤差情報の 運動方向特性との相関を求めることで,運動学習における誤差信号の重要性につい て, 2.1節とは違った角度で主張できる. また,鏡像関係の実験結果が示されたら,運動学習に重要な単純スパイクと 複雑スパイクとの対がなぜ得られるかといった興味深い問題が生じてくる. 2.3.複雑スパイクの第3ピークはどの程度視覚に依存しているか?  スクリーン上の目標にタッチした後100msecの潜時をおいた立ち上がる複雑スパ イクが持つ情報の第3ピークは視覚情報からのフィードバック由来であると考えら れている. これを検証するため,次の疑問を考える. 「目標と手の位置を(直接)比較しているのか?」 実験はスクリーンにタッチ後目標を見えないようにして行う.目標と手の位置の直 接の視覚情報だけが第3ピークに影響しているならば,ピークは現れなくなる.し かし実際には,ピークの高さは減少するもののピーク自体は現れる(北澤先生より). このピークは,目標の位置を記憶しておき,手の位置(視覚情報)と比較していること が原因として考えられる.そこで,次の疑問として, 「目標の位置を憶えていて,手の位置(視覚情報)と比較しているのか?」 次はさらにサルに自らの手も見えないような条件で実験を行う.この実験では, 第3ピークに関連すると思われる視覚情報はなく,目標位置の記憶情報と手の位置 に関する体性感覚情報だけで,サルは誤差情報を計算しなければならない.この条 件で,第3ピークが現れるならば,このピークは視覚情報だけでなく,体性感覚な どの情報にも依存している.逆にピークが現れないならば,手の位置に関しては視 覚情報のみに依存している. 2.4.誤差信号の発生に報酬期待は必要か?  Kitazawaらの実験では,タスク終了後に運動誤差に応じた報酬が与えられるので, 複雑スパイクがコードする誤差信号の発生に報酬が関与する可能性がある.    そこで,誤差信号の発生に報酬期待は必要かを検証するため,何回かに一度間違 っていても,良い報酬を与える,UL(Unexpected Luck)タスクを行う.タスク開始後, 誤差信号(特に第3ピークに着目)が発生する前に,ULであることを教える.この実 験の場合,スクリーンにタッチした後の目標の提示の際,その目標の色を変えるこ とでULであるかどうか知らせることができる. 誤差信号の発生が報酬期待に依存するならば,ULであるときは,運動誤差の大きさ によらず良い報酬が与えられるので,複雑スパイクの第3ピークの高さは減少する. 逆に誤差信号の発生が報酬期待に依存せずに,運動誤差だけに支配されるのであれ ば,第3ピークの高さは減少しない.つまり,Kitazawaらの実験をコントロールと し,この実験での第3ピークの高さを比較することにより,誤差信号の発生に報酬 が関与するかどうか判断できる. 3.まとめ  本仮想研究では,運動学習と誤差信号との関連,また,複雑スパイクの第3ピー クに着目して実験系を設定した. A.付録-第1ピークに関して- 第1ピークに関連して,ピークの立ち上がり時に登上線維を刺激することで複雑ス パイクを誘発させたり,タスクの開始キューと目標キューの提示時刻を分離するよ うな実験で何らかの情報が得られるかもしれない.