大脳皮質の情報表現 銅谷賢治 1.大脳皮質の位置付け このスクールの主題は,脳の情報表現,特に大脳皮質にフォーカスして,その ニューロンの時間的,空間的な活動パターンが,どのように情報を表現してい るのかという表現方式の問題と,それらが細胞やシナプスの特性からいかに形 成されるのかという回路機構の問題である.ここではその準備として,脳の中 における大脳皮質の位置付けと特徴をまず見ておこう. 大脳皮質は,哺乳類において大きく発達した,脳の中では比較的新しい構成要素 である.脳の系統発生的に古い部分の多くが,神経細胞がダンゴ状に集まった 「神経核」により構成されているのに対して,大脳皮質はその名の通り,神経細 胞が厚さ2〜3ミリのシート状に連なっている点に大きな特徴がある. 大脳皮質はさらに,海馬,辺縁系を含む「旧皮質」と,特に霊長類において非 常に発達した「新皮質」に分けられる.新皮質は1〜6層の構造を持つが,それ らの層の厚さ,細胞構成は,場所によって違いが見られ,これをもとに大脳皮 質は複数の「領野」に分けられる.実際,これらの領野は解剖学的に異なるだ けでなく,その細胞の応答特性も異なり,「視覚野」,「体性感覚野」などに 分類され,さらに視覚野であれば,第1次視覚野(V1),第2次視覚野(V2)など のように細かく分類される. 大脳新皮質は,哺乳類における脳の進化を特徴づけるものであるが,サイズ的 な拡大という点では,小脳や大脳基底核も,同様に大きく拡大している.しか し,小脳,基底核との回路は,局所的なフィードバック回路は持つものの,全 体としてはほぼフィードフィーワード型の回路であるのに対して,大脳皮質は 領野間のフィードバック構造が,再帰的にくり返されているという点に大きな 特徴がある. 小脳の学習は,プルキンエ細胞1個に1本ずつ巻きついた,下オリーブ核から の登上線維入力を誤差信号とした「教師付き学習」により行われていると考え られている。基底核は,黒質からのドーパミン性の入力による報酬信号をもと にした「強化学習」に関与していことが示唆されている。一方,大脳皮質の細 胞の選択特性は、入力信号の統計的な性質をもとに「教師なし学習」により形 成されるというモデルが多数提案されている。 小脳の教師付き学習回路は,身体や環境の特性のモデルや,感覚運動変換写像 として働き得る.基底核の強化学習回路は,身体や環境の状態の評価を与え, それによる行動選択を可能にする.小脳と基底核の間に直接の結合はないが、 それらはともに、大脳皮質から入力を受け,その出力を大脳皮質に送り返して いる.大脳皮質の重要な機能のひとつは,小脳や基底核を含む脳のグローバル な回路の共通の基盤となる情報表現を,教師なし学習の原理により構築し,そ のフィードバックループの内部状態として保持,更新するという点にあると考 えられる. 行動・感覚学習のための情報表現は、ただ単に感覚器官からの入力を忠実に反 映すれば良いというではない。一般に感覚入力は冗長性と同時に信号の欠落や ノイズを含む。実際に、大脳皮質の回路が、感覚入力の冗長性を削減し、直接 は観測されない隠れ状態の推定を行っていることを示唆するデータとモデルが あり、これらについては前半の各講演で紹介されるはずである。 またさらに、大脳皮質の情報表現は、単に現在の外界の状態だけでなく、過去 からの記憶や、行動の目標など、「コンテクスト」情報を含むものである。こ れら、トップダウン的な情報と、感覚入力をもとにしたボトムアップ的な情報 が、大脳皮質の双方向的な回路においていかに統合されているかといのも重要 なテーマである。 2.ニューロンの情報表現 ここでは、今回のスクールに登場するであろういくつかの情報表現様式に関し て、おおまかなレビューをおこなう。 (1)発火率表現 神経細胞の情報表現としては、「発火率表現」(rate coding)は最も基本的な ものである。例えば、感覚神経であれば、そのスパイク周波数が外界の物理刺 激と、運動神経であれば筋肉の張力と単調増加な関係にある。 発火率表現の枠組み内でも、多数の細胞の集団でどのように情報が表現されて いるかに関しては、いくつかの可能性が考えられている。 1) 要素表現:個々の細胞の活動が、入力信号の特定の要素の有無、強弱を表 わし、それらの線形和によって個々の物体、状況が表される(例:PCA, ICA)。 2) 組合せ表現:個々の細胞は、入力信号の特定の組合わせを表現する(例: 特定の人の顔の特徴の組合わせに反応するgrand mother cell)。 3) ポピュレーション表現:1)と2)の中間。個々の細胞は、入力の様々な要素 に対してなだらかな選択特性を持ち、多数の細胞の活動度の比率や、重心演算 により特定の値が読み取られる。 4) 空間パターン表現:細胞の集団としての活動のパターンが何らかの情報を 表現していて、個々の細胞の活動は、それ自体としては特定の意味を持たない。 またさらに上記において、細胞集団のうち実際に活動しているものの率は低く 抑えられた「スパースな表現」が取られているという説も、実験的、モデル的 に指示されている。 (2)タイミング表現 発火率表現においては、神経スパイクの頻度を時間的、空間的に適当な範囲で 平均した値に着目し、各スパイクがミリ秒のオーダーで出されるタイミングは 問題にしない。しかし、そのような微妙なタイミングにこそ豊富な情報が反映 されているという仮説も提案されている。 1) 時間差表現:感覚処理などにおいて、ある時間幅におけるスパイクの数で はなく、どの細胞が先にスパイクを出したか、あるいはどれくらい遅れてスパ イクを出したかが情報を持つ。 2) 同期表現:複数の細胞が、ほぼ同期してスパイクを出すことが、例えば信 号源の同一性などの情報を表現している。 3) 時間パターン表現:単一あるいは複数の細胞のスパイクの時間間隔のパター ンが、特定の情報をコードしている。 以上、様々な種類の情報表現が、理論的にはどうのような特性を持ち、また実 際の実験データとどう対応するのか、というのはこのスクールにおいて展開さ れるはずの大きな課題である。 3.ニューロンのモデル 情報表現の問題を考える上で、ニューロンの数理モデルは欠かせないものであ り、その着目点、目的に応じて様々なモデルが定式化されていが、ここではそ の代表的なものを紹介する。 (1)Hogdkin-Huxley型モデル 神経細胞を、その細胞膜をコンデンサ、イオンチャネルを動的な抵抗素子と考 えた電気的等価回路によるもの。その最も古典的なものは、HogdkinとHuxley によるイカの巨大軸索のもので、膜電位Vの方程式に加え、ナトリウムチャネ ルの活性化と不活性化、カリウムチャネルの活性化に関する3つの方程式から なる、4次の非線形連立微分方程式系をなす。膜電位を上げていくと、ナトリ ウムチャネルの活性化により膜電位がポジティブフィードバック的に上昇し、 それがナトリウムチャネルの不活性化とカリウムチャネルの活性化を引き起こ し膜電位を下げるという形で、スパイク発生のメカニズムを再現する。 最近では、複数の種類のカルシウムチャネルや、カルシウム依存性のカリウム チャネルなど、より多く複雑なモデルにより、バースト発火などのメカニズムが 説明されている。 (2)Integrate-and-fire モデル スパイク生成のミクロなメカニズムは考えず、シナプス入力によって細胞の膜 電位が徐々に上昇し、ある閾値を超えるとスパイクが生成されるという現象に 着目したモデルである。細胞のイオンチャネルなどに関する細かい実験データ がなくても、細胞や回路の振る舞いを再現可能なため用いられる。 (3)Inter-Spike Interval モデル スパイクがどのように生成されるかはさておいて、与えられたスパイク列のデー タを解析するという目的で用いられる。代表的なものは、Poisson発火モデル であり、各細胞は、過去の発火の履歴とは無関係に、入力に応じた確率でスパ イクを生成する。スパイク間隔(ISI)のヒストグラムを取ると指数分布になり、一定 時間内におけるスパイク数のヒストグラムを取ると、ポアソン分布になる。 ポアソンモデルは、ISIの平均と標準偏差が同じという、非常にランダム性の 強いモデルだが、ISIのヒストグラムがガンマ分布で与えられるとすると、そ の次数を高くするにつれて、より周期性の強い発火モデルが得られる。 (4)シグモイドモデル スパイクという離散的なイベントではなく、発火周波数という連続値の情報を 用いて、これが入力に対してしだいに飽和する単調増加な関数になっていると いうモデル。Integrate-and-fireモデルの細胞集団の発火周波数の集団平均と して理論的に導くことができる。 4.まとめ 以上、今後の議論の前提となるような基礎事項をまとめたつもりであるが、詳 しい フィードフォワード リカレント アトラクタ/リミットサイクル/カオス 4.シナプス可塑性のモデル (1)delta則 (2)Hebb則/covariance則 (3)regularization