単一神経細胞の電気生理及びモデル(Ver.1) 高木博 信州大学医学部神経可塑性分野 はじめに 神経細胞の樹状突起は従来一部の特別な細胞(例えば小脳プルキンエ細胞)を除き いわゆるケーブル方程式に従う「パッシブ(passive)」なものであると考えられてい た。ところが最近になってむしろパッシブなものは希であり、大部分の神経細胞の 樹状突起は高密度の電位依存性イオンチャネルを含むケーブル方程式に従わぬ「ア クチブ(active)」なものであることが報告された。例えば記憶の座として知られる海 馬の神経細胞や大脳皮質の錐体細胞の樹状突起もアクチブであることが最近の報告 で明らかにされた。この結果は次のような重要な可能性を示唆している。 1:海馬や大脳皮質でみられる長期増強現象(LTP)などのシナプス可塑性の原因 を単なる「シナプス説」だけで説明するには必要十分ではない。 2:シナプス入力とそれに呼応する出力である活動電位発生は時間的に一方向性の 現象としてモデル化されてきたが、アクチブデンドライトを考える事により時間的 に双方向的な理解を通してそのモデル化をしていく必要性がある。 この問題の解決のために私どもがとっているストラテジーは下記の3つの手法によ る統合的な神経機能理解である: 理論的手法(コンパートメントモデルに基づくシミュレーション) 電気生理学法(多点同時記録法) 画像生理学法(高速Caイメージング法) 本講義ではこれまでのこの分野の歴史と最近得られた知見について概説させて頂く。 2.樹状突起でのシナプス信号統合機構と活動電位発生機構 (2−1)樹状突起でのシナプス信号統合機構(海馬CA1錐体細胞の場合) 海馬CA1領域の錐体細胞にはA型KチャネルとD型Kチャネルが高密度に存在す ることが報告されている。A型Kチャネルについては最近シナプス信号の統合機構 に関与していることが実験的に証明された。しかしながらD型Kチャネルの機能に 関しては、未だに不明の点が多い。我々はこの問題を解決すべく、海馬CA1領域の 錐体細胞の樹状突起を単一のコンパーメントモデルに見立て、樹状突起でのシナプ ス統合機構におけるD型Kチャネルの役割を理論的に検討した。その結果、単一コ ンパートメントの一端に発生したシナプス電位はその伝搬に際し、A型及びD型両 Kチャネルにより減衰を受けることが分かった(図1)。更には、単一のシナプス電 位の場合はA型に比べてD型が減衰に関与が大きく、連続したシナプス入力場合は、 単一入力の時とは逆に二つ目のシナプス電位はD型に比べてA型が減衰に大きく関 与していることも判った1)。これらの結果はA型、D型Kチャネルは海馬CA1領域 錐体細胞の樹状突起部でのシナプス電位の減衰に関与しており、更には互いに相補 的に機能していることを示唆している。これらの知見はKチャネルの調節により樹 状突起のケーブル特性が変化し、神経回路レベルの機能変化が出現しうる事を示唆 するものである。 図1:KチャネルによるEPSPの減衰 刺激間隔20msecで与えられたシナプス入力の場合最初のシナプス入力はKDチャ ネルにそれに続くシナプス入力はKAチャネルより主にして 減衰を受ける。文献 1)より引用 (2−2)樹状突起上での活動電位発生機構(小脳プルキンエ細胞の場合) 小脳のプルキンエ細胞の樹状突起は既に1960年代頃よりR. Llinasにより詳しく解 析が進められアクチブなものである事が知られていた。すなわちプルキンエ細胞の 細胞体ではNaによる活動電位が、樹状突起部位ではCaによる活動電位が発生して いる。樹状突起上でこの様なCa活動電位発生の主役をなすチャネルとしては高閾値 活性化型P型Caチャネルが考えられてきた。ところが一方でプルキンエ細胞より のホールセル記録からP型チャネルの他に低閾値活性化型のT型Caチャネルも存 在する事が報告されている。画像生理学的方法を用いた研究からこのT型Caチャネ ルはP型CaチャネルによるCa活動電位の閾値を決めている事が判明した(図2)。 言い換えれば低閾値で活性化するT型Caチャネルは高閾値で活性化するP型Caチ ャネルによるCa活動電位のブースティングに関与することを見出した2)。海馬の錐 体細胞の樹状突起でも同様の結果が報告されている。以上の結果はこれまであまり 重要視されていなかった樹状突起における低閾値活性化型T型Caチャネルの新規 の機能を示唆するものといえる。 図2:プルキンエ細胞のCaスパイク発生の閾値決定に低閾値活性化型Caチ ャネルが関与している 低閾値活性化型Caチャネルの阻害剤Ni(100_M)により脱分極によって発生する Caスパイクの数が可逆的に減少する(図の上段はCa濃度変化、下段はホールセル 電流を示している)。文献2)より引用。 3.シナプス可塑性に伴う樹状突起信号伝達特性の変化 (3−1)LTP誘導に伴うケーブル特性の変化 LTPの解析は主として、これまでシナプス複合体について調べられてきた。しか しながら、「シナプス複合体のみがLTPの実体である」と考えるた場合LTPの基本 的性質の一つであるE-S potentiationを矛盾なく説明する事が出来ない。この問題の 解決の為には樹状突起の電気的特性の変化とLTPの関係を検討して行く必要がある と思われる。シナプス電位の伝播は樹状突起膜の電気的特性と形態に依存して伝わ る。実際の樹状突起は非常に複雑な電気的特性と形態をもちあわせているが、ここ で樹状突起上のイオンチャネルは電位依存性を持たず、樹状突起の形態は分岐のな いシリンダーと電気的に等価であると仮定した場合、樹状突起上の膜電位は次のよ うなケーブル方程式で記述できる。 (X:電気緊張的距離、cm:樹状突起の単位長さ当たりの膜容量、rm:膜抵抗、ri: 細胞内部抵抗、ro:細胞間隙の抵抗、x:樹状突起状の座標、t:時間、λ:ケーブル 定数、τm:時定数) 我々は多点同時測定法により、急性海馬スライス標本において、テタヌス刺激によ るLTP誘導後ではEPSPの減衰率が有意に小さくなることを見出した。この原因と しては先のケーブル方程式における、λが変化したものであると考えられる3)。 図3:LTP誘導に伴う樹状突起部位での信号伝達特性の変化;文献3)より引 用 4.おわりに アクチブな樹状突起の性質の解析は始まったばかりである。現在までのところ機能 解析は主としてイオンチャネルを中心に進められているが、今後はこれと平行して 樹状突起の形態とその機能の関連についても解析を進めていく必要があると思われ る。 参考文献 Takagi H, Sato R, Mori M, Ito E, Suzuki H: Roles of A- and D-type K channels in EPSP integration at a model dendrite, Neurosci. Lett.254: 165-168, 1998. Watanabe S, Takagi H, Miyasho T, Inoue M, Kirino Y, Kudo Y, and Miyakawa H: Differential Roles of Two Types of Voltage-Gated Ca2+ Channels in the Dendrites of Rat Cerebellar Purkinje Neurons, Brain Res. 791 : 43-55, 1998. 高木博、小谷進:記憶モデルとしての海馬LTPについて、放射線科学、42:205-211, 1999. あらかじめ読んでいたほうが良いと思われる文献 [1]Storm, J.F., Temporal integration by a slowly inactivating K+ current in hippocampal neurons, Nature, 336 (1988) 379-381. [2] Storm, J.F., Potassium currents in hippocampal pyramidal cells, Prog. Brain Res., 83 (1990) 161-187. [3] Hoffman, D.A., Magee, J.C., Colbert, C.M. and Johnston, D., K+ channel regulation of signal propagation in dendrites of hippocampal pyramidal neurons, Nature, 387 (1997) 869-875. [4]Cash, S. and Yuste, R., Input summation by cultured pyramidal neuron is linear and position independent, J. Neurosci., 18 (1998) 10-15.