「前運動野・一次運動野における運動指令の座標系に見られる階層性について:空間 座標から筋肉座標へ」 講 師:筧 慎治 レポーター:道川貴章・正本和人・玉井信也 (イントロダクション)  午後のセッションに入っていきたいと思います。午前中は、理論・モデルとしてこ ういうものが成り立つのではないかという話でしたが、午後は実験的な知見を中心に どういう情報表現あるいは情報の変換が行われているかということに関して筧先生に お話をしていただきたいと思います。筧先生は今は科学技術振興事業団の CRESTの研 究員で、東京医科歯科大学の篠田先生のところにいらっしゃいます。その前は Peter Strick というJournal of Neurophysiology のチーフエディターの研究室に在籍され て、腕の動き、方向の表現が脳の中でどういうふうになっているかということをつぶ さに研究されました。その結果については皆さんもグループミーティングの中で、 Science の paper をご覧になったと思 いますけれども、今日はそのへんを中心に最 新の話などもしていただけるのではないかと思っています。では、よろしくお願いし ます。 (講義) 1.はじめに ご紹介ありがとうございます。 今日のテーマは、目標到達運動において、1次運動野と腹側前運動野でどのようなニ ューロン活動が見られるかについて実際の実験データを中心にお話したいと思いま す。  目標到達運動は、あらためて説明するまでもありませんが、空間内のターゲットが 決まるとそれに対して手をのばすための筋肉の活動パターンが決まってくる、本質的 に座標の変換を行わなくてはならない運動です。実際に脳の中で目標の位置が最終的 にどのように筋肉の活動パターンに変換されているのかは、100年以上前から関心 と興味の対象で、多くの研究がなされてきましたが、残念ながら現時点におきまして も充分に理解されているというには程遠い状況です。(図)この模式図は、 AlexanderとCrutcherが、生体におけるReaching movementにロボティクスにおける ス キームをそのまま当てはめたらこのようになるであろうということで作った、いわば たたき台の図です。彼らは実際にこのようになっていると考えたわけではなく、むし ろ生体で行われている実際の目標到達運動の仕組みはこのようになっていないだろ う、ということをこの論文の中で主張しています。 2.従来の研究 (1)内部座標系で運動をコード説 目標到達運動においては、1次運動野が一番重要な構造の一つと考えられていますが、 この1次運動野のニューロンが運動をどのようにコードしているかということを知る 試みはEvartsの30年以上前の実験にまでさかのぼります。Evarts は世界で初めて サルをトレーニングして、 課題を実行中のサルの1次運動野のニューロン活動を初め て記録することに成功しました。彼の用いた課題は非常に単純で手首の単関節の Extension-Flexion という1自由度の運動をタスクとして選びました。この Extension -Flexion を行わせるときに負荷を調節できるようになっていて、記録するニューロン の負荷に対する反応も調べられるようになっていました。(図)その結果は、この図に 示されていますが、同じニューロンを三つの異なる状態で記録しました。どちらの方 向にも負荷をかけない自然な状態でExtensionの運動を行わせた場合は、このニューロ ンはExtensionに少し先行して活動を開始し、Extension実行時に最大の活動を示し、 Extensionが終了すると活動が停止します。これに対して、運動に拮抗するような負荷 をかけて運動を行わせた場合は、明らかにニューロン活動は著しく増強し、逆に運動 をアシストするような負荷をかけた場合では、ニューロンの活動はほとんどなくなっ ています。一次運動野の出力ニューロンは大部分がこの様なタイプの活動を示したこ とから、Evartsは一次運動野の出力ニューロンが、関節のトルクとか筋肉活動のよう な内部座標系で運動をコードしていると結論しました。こちらは同様な別の実験です が、横軸にトルクをとり、縦軸にニューロンの活動(発火頻度)をとると、その間に きれいな正の相関が見られます。これらのデータからEvartsは、1次運動野の出力ニ ューロンが内部座標系で運動をコードしていると結論づけたわけです。 (2)外部座標系で運動をコード説  ところが80年代に入り、Georgopoulosのグループがこれとは全く異なる主張を展 開し始めました。(図)Georgopoulosらも、サルを慢性的に訓練した点ではEvartsら とは同じでしたが、用いたタスクは手首の単関節の運動ではなく、腕全体を使うよう な多関節の運動であり、かつ、その運動は1自由度ではなく、中心から周辺の8方向 に向かうような2自由度の2次元の運動でした。彼らが発見したことは大きく分けて 二つあります。一つは、単一ニューロンの活動が運動の方向をブロードにチューニン グしていて、いわゆるコサインチューニングをしているということ。そしてもう一つ は、このようなブロードにチューニングしているニューロンの活動を多数重ね合わせ ると、外部空間内での運動の方向をきわめてよく再現していると考えられるポピュレ ーションベクトルが再構成されることです。これらのことから、彼らは一次運動野の ニューロンは、外部座標系で運動の方向をコードしているという結論を導きました。 この結論は、もちろんEvartsらの内部座標系でのコードという考えと水と油のような 関係ですから、この両者のグループの間で80年代、90年代を通じて論争が続いた わけです。 3.Kakeiらによる研究 (1)実験系  私たちは、このような状況下で、運動野での運動指令のコードについて、どちらが 正しいのか決めようという目的意識を持って実験を始めようとしました。その際にそ れまでの実験をいろいろ検討してみると、それまでの実験では、座標系 (Frame of reference)が充分に分離されていないのではないかということに気が付きました。そ こで、Frame of referenceをどのようにしてはっきりときれいに分離するかに最大の 努力を注ぎました。Frame of referenceというのは、非常に単純な概念で、何と一緒 に動くかということのみに注目します。例えば人間の体であれば、頭の Frame of referenceは頭と一緒に動き、腕のFrame of referenceは腕と一緒に動き、足のFrame of referenceは足と一緒に動きます。これに対して外部座標系のFrame of reference は、体の運動とは全く独立で空間内に静止しています。 タスクに関しては試行錯誤の末、最終的にEvarts同様に手首の単関節の運動を行わせ ました。ただし、Evarts のような1自由度の運動ではなくて、Extension-Flexionの 自由度に垂直方向のもう1自由度を加えた、2次元の手首の運動をサルにトレーニン グしました。ターゲットは8個ありGeorgopoulosらと同様に中心から8方向への運動 を行わせます。このタスクの最大の特徴は、手首の単関節の2次元の運動を、三つの 異なる前腕の姿勢で行わせるという点にあります。このような操作をすることによっ て、外部座標系での運動の方向と関節座標系での運動の方向が分離されます。すなわ ち、Proneポジション(回内位)では関節のExtensionは上向きの運動になりますが、 前腕を180度回転させたSupine ポジション(回外位)では同じExtensionが下向き の運動になります。このようなタスクをサルにトレーニングしたですが、実際にサル はどのようなことをしているかというと、サルの顔前の CRT上にカーソルがあって、 カーソルはマニピュランダムに連動しています。タスクの最初は、まず画面の中央に ターゲットが現れて、サルはマニピュランダムを操作してカーソルをターゲットに入 れて、次の状態を待ちます。しばらくすると周辺の8個のターゲットのうちの一つが 点灯して、これが次の運動のターゲットとなります。この時点では、まだサルは運動 してはならず、中央のターゲットが消えたことをGOの合図として、サルは速やかに( < 200ms )周辺のターゲットにカーソルを移動しなくてはなりません。そして、成功 すると報酬としてサルはジュースが与えられるという設定になっています。 (2)筋肉の活動 このようなタスクを充分にトレーニングした状態で、まず最初にタスクに関連した筋 電図の解析を始めました。筋電図は、前腕のすべての筋肉と上腕のすべての筋肉およ び体表面から針を刺してアプローチできるほとんどの筋肉の合計27個の筋肉から筋 電図を記録しましたが、驚くことに前腕の7個の筋肉だけがタスクに関連した活動を 示しました。 Q  上腕の活動はなかったのですか? A  上腕の筋肉はサイレントでバックグラウンド的な活動しかなく、運動の開始時点 にロックしたような活動はなかったという意味で、タスクに関連した活動はなかった と申しました。 Q 手首は支えているのですか? A  はい。実際には、手首の少し手前までがアームネストによって支えられていて、 手首は自由に動けるようになっています。  これがタスクに関連した活動を示したECRB という筋肉の筋電図です。Proneポジシ ョン、Middleポジション、Supineポジションのそれぞれについて8方向への運動に伴 う筋電図を示しています。それぞれ10回の試行の加算平均をとっています。縦の点 線が運動のオンセットです。ECRBは、Prone からMiddle、Supineとなるにつれてピー クの方向が次第に回転してきています。定量的な解析をするためには、このピークの 方向とその変化を定量的にきちんと決める必要があります。それを知るためにまず、 この筋電図がどのようなチューニングカーブをもっているかということを次に分析し ました。  加算平均をとった筋電図の運動のオンセットのプラスマイナス30msecの筋活動を運 動の方向に対してプロットしました。Prone 、Middle、Supineのどのポジションにつ いてもそれぞれについて、 RMSを見ていただければわかるように、コサインカーブで 非常によくフィッティングすることができます。したがって、この結果から筋電図の ピークの方向を決めるフィッティングとしてコサインカーブを使えばよいということ がわかりました。このコサインカーブがピークとなる方向をその筋肉の PD(Prefered Direction)と決めるわけです。 Q  コサインカーブでフィットできるという意味は、筋肉の段階で成分分解がお きて いる考えればよいのでしょうか? A 後で出てきますが、中枢のニューロンですでにコサインカーブのチューニングカー ブを持っています。コサインカーブ同士は足したり引いたりしてもコサインカーブで すので、大部分は中枢のニューロン活動のコサインカーブを反映しているのではない かと考えています。  前腕を時計回りにProne ポジションからSupineポジションへと180度回転させた 場合、PDも同じ方向に回転していくのですが、ECRBという筋肉では、約90度弱しか 回転していないことがわかりました。この現象は実はECRBだけではなく、タスクに関 連した7個の筋肉すべてがこのような中途半端なPDのシフトを示しました。そして、 Prone, Middle, Supineのそれぞれのポジションでの7個の筋肉の PDの相互関係は、 ポジションに関わらずあまり変化していないことがわかりました。このことは、これ らの異なる筋肉の活動が、驚くことに同じ座標系にのっているらしいということを示 唆するわけです。実際、それぞれの筋肉についてProne ポジションから、Middleポジ ション、 Supineポジションと変えたときの PDの回転をベクトルとしてプロットする と、外部座標系と手首の関節座標系から明瞭に区別されることがわかりました。した がって、この実験系では3つのポジションでPDを計算してそのシフトを測るという簡 単な操作によって座標系の判別ができる、ということが示唆されます。そして次にこ れを中枢のニューロンの解析に応用しようと考えて、次にM1のニューロンの測定をし ました。 Q  筋肉の PDが回転とともに変化していくということですけれども、それと筋肉自体 の幾何学的構造の変化から筋の機械的な張力方向の変化とが一致するかどうかという のは見られたんですか? A 見ました。それは一致しません。筋肉の機械的な作用の方向の回転はかなりばら つきまして、筋肉の活動のPDのように集まる傾向がまったくありませんので、これ は中枢での agonist selection の結果だと思います。脳が送っているコマンドとい うのは、個々の筋肉の機械的な張力の方向を考慮して作っているのではなくて、おお ざっぱに方向を決めてしまって、あとはゲインを変えるなどして自由度を下げている のではないかと考えています。 Q 図で一つの筋肉に対して何本も矢印があるのはなぜですか? A これは何回も記録したという意味です。3回以上は記録しています。針は入れっ ぱなしではなくて、毎回記録のたびに刺しています。そうした理由というのは、埋め 込みにするとサルが非常に嫌がるということと、他に二つ理由があって、一つはずっ と留置しておくと電極の先が生体反応によって抵抗が上がって記録の状態が悪くなる ということと、もう一つは、個々の筋肉は非常に大きいので部分によって活動に若干 差があることを私の共同研究者の Hoffmanさんが以前の解析で見つけていて、筋肉全 体を代表するようなデータをとるためにはいろいろな部位から記録する必要があるこ とです。筋肉に針を差し込んだときに非常に弱い電流で刺激して twitch で確実にど の筋肉か同定することができます。したがって、埋め込み電極が途中で動いてしまっ て、違う筋肉に入ってしまうという危険を避けることができます。 Q 実験の細かいことですけれども、針は1本で2本の線がついているわけですか? A 針は一つの筋肉に2本刺しています。間隔は、正確には言えませんけれども、だ いたい5ミリくらい離しているつもりです。筋の方向に沿って、刺入点をそれくらい 離しています。 Q  サルはじっとしていられるのですか? A  そのあとにrewardがもらえるという、reinforcement learning がかかっておりま すので心配ありません。 (3)M1のニューロンの活動  これ(図)が1次運動野から記録されたニューロンの一つの例です。Prone,Middle, Supineのそれぞれのポジションについて8方向の運動に伴うニューロン活動が示して あります。いわゆるラスター表示になっていて、5回の trialの生のデータをそのま ま示しています。真中が運動のオンセットになっていて、運動のオンセットのプラス マイナス 0.5秒のデータを示しています。このニューロンは運動のオンセットの約 100msec 前から活動を始めています。この活動のピークの方向が、手首を Prone, Middle,Supine と回転するにつれて、同じ方向に回転してきていることがわかります。 運動のオンセットの 100msec前から運動のオンセットまでの間のニューロン活動のチ ューニングカーブを作ってみると(図)黒いドットが Proneポジションでの8方向の 運動に伴う発火頻度を表していて、ブルーの四角がMiddleポジション、赤のダイヤモ ンドがSupineポジションのデータです。ご覧のようにどのポジションにおきましても、 コサインカーブできれいに近似されまして、このニューロン活動もコサインフィッテ ィングでピークの方向( preferred direction, PD)を決められることがおわかりい ただけると思います。ProneポジションのPD とSupineポジションのPDの間隔は78度 で、それを先ほどの筋肉のデータにプロットしますと、まさに真中にきますので、こ のようなシフトを示すニューロンは筋肉座標系に極めて密接な関係を持っている、筋 肉座標系のニューロンであると考えました。 Q  運動の持続時間と反応時間はどれくらいですか? A  反応時間はもう少しあとでよろしいですか?データが出てきますので。持続時間 は200msecくらいです。きわめて速い運動です。  このような筋肉座標系様のシフトを示すニューロンは、およそ40%を占めていま した。この様な筋肉に近いタイプの活動を示すニューロンは、記録をする前から期待 していたものでした。ところが予想に反して、驚くべきことに、より多くのニューロ ンがこのような活動を示しました(図)。このニューロンは、どのポジションにおき ましても、右ないし右下方向の運動に約 100msec先行してもっとも強いバーストが現 れています。つまり、一見して、このニューロンでは PD のシフトがないということ が、おわかりいただけると思います。したがって、このニューロンの活動は外部座標 系に強い関係を持っていると考えられるわけです。同じデータを Contourプロットに してみても、有意なシフトがまったくないことがわかります。このように外部座標系 様の活動を示すということから、私たちが"Extrinsic-like"と呼んでいるニューロン が、記録したニューロンの約半数を占めていました。さて、その外部座標系様のニュ ーロンの中に二つの異なるタイプがあることがわかりました。 Q  そのニューロンは corticospinalを形成しているようなpyramidal ニューロンと 考えてよいのでしょうか? A はっきりとはわかりません。ほとんどが大型のニューロンですから、その可能性 は高いと思います。このニューロンの記録部位の微小電気刺激(microstimulation) では、約2マイクロアンペアと非常に低閾値で抹消の手首の筋肉の twitch が観察さ れましたので、記録部位はおそらく出力の5層かそのごく近傍であろうとは思いま す。ただ断定はできません。これはテクニカルに、私たちの実験に限らず、このよう な慢性実験では記録している層的な深さに関してはほとんどわからないためです。  PDのシフトがないExtrinsic-likeニューロンには、前腕の姿勢によってピークの活 動の強さがほとんど変わらないタイプと、次のようなPDは前腕の姿勢によって変わら ないが活動のゲインが著しくシステマチックに変わるタイプと二つのタイプがあるこ とがわかりました。このようなゲインの変化があるタイプが約6割から7割を占めま して、ゲインの変化を示さないタイプが約3割から4割を占めていました。  以上のように、私たちの実験系が中枢のニューロンの座標系を同定するために非常 に有効であることがわかりました。これ(図)がまとめですが、上が1次運動野のニ ューロンで、下がタスクに関連した筋電図の活動のデータをお示ししています。それ ぞれProne ポジションからSupineポジションへのPDのシフトを個々のニューロンと筋 肉についてヒストグラムにしたものです。1次運動野のニューロンでは、大きく分け て二つの集団があることがわかりました。この(左側の)集団は、少しピーク が0からずれてはいますが非常に微小なずれで、ほとんどのニューロンのPDのシフト はまったく統計的に有意なものではありません。私たちはこの population を外部座 標系に強く関連したExtrinsic-likeニューロンと考えています。それに対してこちら の(右側の)populationは、明らかに筋肉のPDのシフトと対応していて、この集団は 筋肉座標系に強くリンクしていると考えられますので、筋肉座標系のニューロンと考 えました。そのようなニューロンの皮質内の分布ですが、黒板に大まかなオリエンテ ーションを書いたのですが(図)、これがサルの脳を横から見たところで、これが central sulcus で、そのすぐ前が1次運動野です。このあたりから記録していま す。 central sulcus のすぐ後ろが体性感覚野になりますが、(図) central sulcus の中を含みすぐ前のこのあたりが、今示したニューロンの記録された範囲で す。黄色は外部座標系様のニューロンを表し、ブルーが筋肉座標系様のニューロンを 表していますが、全体としてかなり混在していることがわかりました。 (4)PMvのニューロンの活動 さて、次の段階として、記録の範囲を周辺に、主として前方に広げていきました。そ の結果、運動野の手首の領域の前方のいわゆるプレモーターの腹側の領域、 PMvとい う領域にタスクに強く関連した活動を示すニューロンの一群を見出しました。そのニ ューロンの活動には二つの大きな特徴がありました。まず一つめの特徴は、PDがまっ たくシフトしないタイプのニューロンが多いことです。したがって、先ほどの定義か らして、外部座標系に強いリンクを持っている活動と思われます。(図)黒い三角が 運動の GOシグナルの時点を表しています。 GOシグナルから運動の開始まで平均して 250msec くらいです。かなり安定して速い反応を示しているのことがおわかりいただ けると思います。そのGOシグナルのはるかに前から、即ちターゲットを提示してから 200-300msecくらい後から既に左方向の運動に先行して徐々に build upしていく、い わゆる instruction activity が見られます。このニューロンででは運動の開始直前 に活動がピークそ示し、運動の開始時にshut down されています。つまり二番目の特 徴というのは、いわゆるinstruction activityに相当するGOシグナルよりも先行する 活動が非常に強いニューロンが多数認められることです。 PMvのニューロンには大き く三つのタイプがあって、一つは今示したような instruction activity がずっと続 いて運動のオンセットの直前にshut down されるタイプと、もう一つは instruction activity がずっと続いて、その後 GOシグナルの後に運動のオンセットの前後に強力 なバーストが発生するタイプ、そしてもう一つは instruction activity が全くなく て運動の前後のみにバーストが発生するタイプです。まだ preliminary な段階です が、最初のタイプは最も少なく、2番目と3番目のタイプが比較的多くて残りの半々 ずつくらいを占めているようです。したがって PMvでは、単に運動の実行時のみでは なく、運動の準備段階でも、外部座標系様の活動を強くもっているということがわか ったわけです。このPMv のニューロンについてもPDのシフトを計算して運動野と比較 しますと、明らかに(図)外部座標系に相当するグループしかなくて、筋肉座標系に 相当するグループがほとんどないことがわかります。PMv からM1、そして筋肉にいた る全体を概観しますと、二つの大きな流れがあります。一つはシフトのないものから シフトのあるものへの流れ、もう一つはゲインの変化のないものからゲインの変化の あるものへの流れです。 Q  プレモーターのゲインに変化のあるタイプは、3タイプに分けたものと対応して いるのですか? A  今のこの分析は、 execution のときのみです。 Instruction period の活動に関 してはやはり同じようになります。次にお見せします。これは、プレモーターのニュ ーロンとM 1のニューロンについて、instruction period とmovement periodの二つ の time period のそれぞれについてPDのシフトのヒストグラムを作ったものです が、(PMv のニューロンで)instruction のときにゲイン変化のあるものは約14% で、運動のexecution のときには約17%でほとんど差はないものと考えられます。 それに対してM1 のニューロンではsetの活動はもともと少ないのですが、少ない中で もゲイン変化を示すものの割合はやはり多くてinstructionの活動に関しても PMv と M1 とはやはり違うという認識を持っています。 Q  PMvのニューロンはほとんどが方向選択性を示すのですか? A 方向選択性を示さないものが数分の一ほどあります。それらを除いた、方向選択 性のあるものについての分析をここに示しています。 Q  それは、M1よりも数的には多いのですか? A 多いです。運動の方向に関係なくどの方向でも同じように活動するタイプがPMvで は多いです。面白いことに、プレモーターの 内側寄りのPMd にいくと更に多いよう です。今日は PMd のデータは示しませんが。 (5)モデルによる説明 私たちは以上の解析から、PMv、M1の二つの領域に三つのタイプのニューロンがある と考えています。一つは外部座標系でゲイン変化のないタイプ、もう一つは外部座標 系でゲイン変化を示すタイプ、そして筋肉様のタイプで、この三つのタイプを分けて 考えています。どうして外部座標系様でゲインの変化のあるなしで区別するかという と、前腕の姿勢によってゲインが変化するということは、たとえ方向選択性に変化が なくても、身体座標系の intrinsicなファクターの影響を受けているということです ので、それはとりもなおさず内部座標系の影響下にあるということです。したがって、 この(緑色の:図)一群のニューロンがいくら有意なシフトを示さないといっても、 それは純粋な外部座標系のベクトルとは区別すべきと考えます。そこで次に、この三 つのタイプのニューロンがどういう関係にあるのかについての仮説を、簡単なモデル で説明してみます。(図)AとBのニューロンは純粋な外部座標系のニューロンとお考 えください。これらのニューロンはゲイン変化を示しません。したがってそのチュー ニングカーブは、 Prone(赤)、Middle(緑)、Supine(青)がすべて重なっていま す。チューニングカーブとしてはコサインカーブを仮定します。このとき、AとBはPD は異なるものと仮定いたします。次にA'とB'のニューロンは、それぞれAとBから入力 を受けて、PDはそれぞれA、Bと共有していると仮定します。A'とB'それに加えてゲイ ン入力のラムダAとラムダBがも仮定します。このゲインがA'のニューロンについては Proneで最大Supineで最小、B'のニューロンについては逆にProneで最小Supineで最大 とします。このA' とB'のニューロンの活動をCというニューロンで単純に重ね合わせ れば、 Cの活動は筋肉タイプのPDのシフトを示すことになります。もちろんこれは 非常に単純なモデルで、実際のところ三つのタイプの中でのシナプス結合が現時点で わかりませんので、純粋な仮説に過ぎませんが、逆に言えばこの様に単純なモデルで 主要なタイプのニューロン活動を関連づけられることは、驚くべき事であるとも思い ます。 Q  ラムダAやラムダBは体性感覚野からきているのですか? A  非常に重要な質問です。現時点で言えることは、体性感覚によって決定されてい ますので、間違いなく体性感覚からの入力は関係していると思いますが、直接体性感 覚野から入っているかどうかはわかりません。可能性としては、体性感覚野とそれか ら頭頂連合野の5野のあたりが有力と考えられます。こういうモデル化をしてあえて 解釈しますと、Sensorimotor transformation がゲインの計算のところに集約される ということになり、理論的な面からも面白いのではないかと思います。ただ現時点で は、おもちゃのモデルのようなものと考えていただければと思います。 Q このマニピュランダムは負荷の調節はできるのですか? A 可能ですが、この実験では行っておりません。トルクモーターはついていますが、 この実験ではまったく作動させずにむしろ慣性を小さくするために外しておきました。 Q 仮に負荷をかけた場合に、 PMvやM1のニューロンのチューニングにどのような変 化が現れるでしょうか? A このタスクで解析できるのは kinematic な要素だけなのですが、dynamic な要 素がどのように絡んでくるのかは、私自身非常に重要だと考えておりまして、次の段 階の実験でやってみたいと考えている課題の一つです。 (6)M1とPMvの双方向性結合の意義  さてここで、1次運動野とプレモーターの双方向性結合についてコメントをしてお きたいと思います。M1とプレモーターの間の双方向性結合は、M1からみますと一番強 い双方向性結合の一つで、重要であることは間違いないのですが、機能的にはまだ不 明です。例えば私たちの実験で、M1からプレモーターに投射しているニューロンにつ いて同じような解析をするともう少し情報が得られますが、現時点ではそういう解析 は行えませんので、結合としては強いのですがその機能は現時点では不明です。そし て、現時点でたぶんこうだろうと思えるのは、双方のニューロンをランダムに結合す るような対称な結合ではないということです。その根拠は、ランダムな対称な結合で あれば、ニューロン活動の座標系に見られる非対称性がもっと低くなるのではないか と推測されることです。そして皮質の双方向性結合と言いますと、いわゆる feed forward と feedback の2種類の投射パターンが知られていますが、運動系の場合に こういうはっきりとした層的な(?)投射の違いはあまり知られていませんので、そ の関連に関しては不明です。それから、トップダウンの情報処理においては下位から 上位へ無制限に影響が及ぶのは不都合だと考えられますので、双方向性結合がランダ ムな対称な結合であるというのはたぶん都合が悪いでしょうか ら、合目的的に考え てそうでないのはたぶん都合がいいだろうと考えるわけです。付け足しになります が、結果的にはPMv とM1のニューロン活動の相互情報量が低めに抑えられていること になります。私が現時点で、この双方向性結合についてあまり結論めいたことは言え ないと考える理由は、重要な未解決な問題がたくさんあるからです。その一番のもの というのは、皮質の入力に見られますパッチ状構造、あえてモジュール構造と言って もよいのですけれどもそれとの関連がまったく不明であるです。それからもう一つ は、皮質の局所相互作用のダイナミクスがわからないので、皮質の基本的性質がわか らない時点で、この結合の意義を論ずるのは難しいと考えるからです。 Q  どこかから抑制がきているときに、情報が蓄えられている電気的なメカニズムと して、先生は局所的なサーキットだけで入ってきた入力が持続されているものだとお 考えになるのか、あるいは上流からの電気的な活動がコンスタントに入ってこなけれ ばいけないとお考えになるのか、そこのところはいかがですか? A  今のところ、それは両方の可能性があると思います。例えば、 instructionの時 間は最大で3秒ですので、3秒間ローカルなものだけで維持するというのは大変だろ うと思います。やはりそれだけ維持するためには、意図といいますか意志の力といい ますか、あまり scientific な言い方ではありませんが、intention、そういうドラ イブがかかっていないと、それだけ長い時間のニューロン活動を維持するのは難しい と思います。ですから局所だけではないと思います。私個人の意見としては、どちら かというと、ローカルなものよりも上からくるものがメジャーだろうと推測します。 Q  視覚系とかにも見られるような複雑な(よく聞き取れず) A  具体的に receptive field の細かいところまでの対応はわかっておりません が、 PMvの中で隣接する部位にトレーサーをうちわけるとM1でラベルされる領域が相 関を持ってわかれているので、細かいトポロジカルな関係はあると思います。 4.皮質のパッチ状構造 (1)イントロダクション  今、パッチ状構造ということを言ったんですが、これから後は皮質のパッチ状構造 について、私の以前にやりました実験のデータをご覧にいれたいと思います。なぜパ ッチ状構造が重要かということをお話ししたいと思います。これ以降の実験はすべて ネコでのデータを示します。なんでネコか、とおっしゃる方も多いと思いますが、実 は神経生理学ではネコという動物は10数年ほど前まで一番メジャーな動物で、電気 生理のデータが一番蓄積があったのはネコです。一番、回路網が詳細にわかっている のもネコです。現在でもそれに変わりありません。ただ、トレーニングして高度な課 題をやらせる慢性実験にはネコはサルに比べて不向きなために、今ではあまり使われ なくなってしまっています。実はネコというのはサルほどではありませんが、きちん と連合野が分離していて、ネズミの様な単純な皮質構造ではありませんので、そうい う意味で、系統進化上ではサルのプロトタイプではありませんが、皮質の性質として はサルのプロトタイプと一応みなしてよいと考えられています。 (2)パッチ状構造の観察例  この実験は、小脳入力を視床を介して運動野に中継しますと、視床皮質投射細胞の 1本の軸索を電気生理学的に同定し、それに色素を注入して形態の詳細を分析すると いう実験です。まず運動野の深部の白質で1本の軸索に微小ガラス電極を刺入しまし て、記録している軸索が視床皮質投射のニューロンであることを、視床と小脳核の電 気刺激で同定することができます。同定された後で色素を注入して、最終的には連続 切片から一本の軸索の完全な形態を再構築します。(図)これがその一例で、この図 は脳を横から見たところを表していて、ここが1次運動野でこれが視床です。電極を ここで刺していまして、順行性に運動野の軸索全体が染まり、逆行性にはthalamusの 細胞体までがラベルされています。したがって一つのニューロンの形態の全貌を示し ているわけです。注目すべき特徴は、皮質の中での軸索終末の分布なのですが、明ら かにこのようなクラスター状の構造があることです。(より拡大した図)こちらが軸 索の本幹で、それが何度も枝分かれを繰り返して多数の終末枝をつくっているのです が、ご覧のようにターミナル(軸索終末)のクラスターがあることがおわかりいただ けると思います。大雑把に言いますと、パッチとギャップの交互の構造があることが わかります。ターミナルの皮質での平面的な分布を示したのが次のスライドの(図) C です。左右が脳の前後方向で、上下が内外側方向です。一つ一つの点が thalamo-cortical axon の終末を表していますが、ご覧のようにパッチとギャップの 交互の構造がはっきりとわかります。このようなパッチとギャップの構造は、 thalamo-cortical に特徴的ではありません。これは cortico-cortical の軸索を再 構築したもので(図)、この軸索は、頭頂連合野に発して1次運動野に投射するもの ですが、明らかにパッチとギャップの構造を持っています。この軸索のターミナルの 平面的な分布もパッチとギャップの構造を持っていることがわかります(図)。( 図)この写真は今の軸索の逆行性にラベルされた頭頂連合野での細胞体です。3層の 小型のニューロンです。神経回路の分析において精度という点では、1個のニューロ ンの回路網を解析するための究極の方法であることがお分かりいただけると思いま す。  次の(図)これは、1次体性感覚野から1次運動野へ投射している軸索ですが、や はりパッチとギャップの構造を持っていることがおわかりいただけると思います。 (図)さらに、2次体性感覚野から運動野への投射もやはりパッチとギャップの基本 構造を持っています。(図)1次運動野から反体側のほぼ同じ1次運動野の部位に投 射する軸索も、パッチとギャップの投射構造を持っています。そうしますと、今まで 調べたほとんど全ての1次運動野のニューロンが、このようなパッチとギャップの構 造をもっていることがわかったわけです。 Q  二つの違うニューロンを調べるのは難しいですが、もし調べられた経験があれば お教え願いたいのですが。 A  非常に近接したニューロンの投射は重なっています。それは2個染めたのではな くて、順行性のトレーサーを非常に小さく注入してラベルされたターミナルの分布を 見ると、少し大きめの density の濃いパッチがいくつか分布するというかたちなの で、たぶん近傍のニューロンは重なり合いを持ちつつ、全体としては少し広い範囲を カバーしているということになると思います。ですからポピュレーションのレベルで もパッチとギャップの構造が保たれているということになっています。 Q 近いニューロンの投射先は同じクラスターであるということですか? A  そうです。同じコラムに属しているニューロンは、完全に同一ではなくても、か なり共通したターゲットを持っているだろうということです。 Q   axon のターミナルのクラスターに関してですが、近接したニューロンはすべて のクラスターに関して重なっているのか、それともいくつかは違うところに投射して いるものがあるのか、どちらなのでしょうか? A  全部は共通していません。 (3)パッチとギャップの相互作用  ここまでいろいろ調べてきて、投射のあるところとないところで何が違うのか、と いうことが最大の問題として残されているわけです。現時点では、皆さんに示唆でき るデータは全くもっておりません。このようなパッチ状の入力構造がサルでもあるら しいことがわかっておりますので、このデータをそのままサルにあてはめても構わな いと考えております。ですから近い将来の問題として、ネコにおきましてもサルにお きましても、このようなalternative な構造が何に対応しているのか、パッチとギャ ップでは何が違うのかを、次のステップに進むために知る必要があるわけです。もう 一つの重要な要素は、皮質内のニューロン同士の相互作用を考えないと、こういう入 力が引き起こすダイナミクスがわからないということです。  (図)これは、黒で示した thalamo-cortical のニューロンの軸索と赤で示した corticospinal のニューロンの軸索が同時に染められた例です。 thalamo-cortical のニューロンの入力が corticospinal のニューロンに送られて、corticospinal の ニューロンの出力が脊髄に送られるわけですが、脊髄にメインの出力を送ると同時に 良く知られている lateral interaction、皮質内の結合によって皮質内部に相互作用 が引き起こされます。(図)そうしますと、1個のコラムが複数のパッチを支配して いる状況において、ダイナミクスを理解するにはパッチとパッチのインタラクション だけではなく、パッチとギャップのインタラクションも理解できないと、おそらくこ のダイナミクス全体を充分に理解するのは難しいと考えられます。 Q ギャップは本当に小脳からの入力は全然受けない領域なのですか? A  それは非常に重要な質問なのですが、絶対にこないかどうかは現時点ではわかり ません。ただ、例えば視床や頭頂連合野に比較的大きな注入をしても、投射先には必 ずギャップが現れますので、ひょっとすると本当に alternative に入力が縞状に分 かれている可能性があると思います。もしギャップに小脳からの入力があるとすると、 おそらく同じ小脳からの入力でも違う入力(例えば違う核からの)になる可能性があ るのではないかと考えます。ただし、それを検証する実験はきわめて難しいので、し ばらくの間は unknown の状態が続くと思います。 (図)これは理論の方には言わずもがなですが、インタラクションがわからないとど うしてダイナミクスがわからないかを私なりに説明するためのものです。 A,B,Cとい うパッチに入力があるとして、まずAのニューロンを中心に考えて、Aから相互作用の 出力が送られるとします。皮質内の相互作用を仮にいわゆるMexican-hat-typeの相互 作用だとして、近傍にはポジティヴでその周辺にはネガティヴの相互作用を持ってい るものと仮定いたします。このような相互作用を仮定してさらに1では幅が広く、2 では幅が狭いというような幅が違うものを考えます。まず1においては、AとBへの入 力はポジティヴな相互作用があるのでpositive feedback が働きますが、AとCの間は ネガティヴな関係なのでcompetition が起こります。ところが、2になるとA とBが competition を起こしますが、AとCには相関がなくなるということになります。した がって、パッチ状の構造がわかって、パッチとギャップの間の機能の分化がわかった としても、さらに皮質の中での相互作用がわかってこないと本当の意味で脳をパラレ ルに動く回路として理解することは難しいだろうと考えています。 (4)双方向性結合の新しい捉え方  (図)現状では、皮質の双方向結合は、おおよそこの I のような形で考えられて います。つまり一つのエリアの中で皮質のローカルな相互作用があって、それともう 一つの別のエリアが情報を交換しているというようなイメージです。しかし実際に は、例えば occular dominance column のように、一つのエリアの中でも異なる、あ るいは対立する性質を持った subdivision に分かれてその相互の間に強い相互作用 があると見込まれます。このようなsubdivision があるもの同士を結びつけるという ことは、どれとどれをどうつなぐかという意味で複雑さがずっと増してくるわけで す。 従って、I のような考え方では説明できない現象が II のような考え方では説 明できるようになるのかもしれません。ただ先程申し上げましたように、こういう皮 質内の相互作用を解析するのは現在の電気生理の方法ではきわめて困難で、マルチプ ル電極ならある程度克服できるかもしれませんが、現在では記録できるニューロンの 密度が十分高くありませんので、そこまで行けない状況です。いずれにせよ、双方向 性の結合に関しては、現時点ではこのような問題が解決されれば何か光が見えてくる かもしれないと考えております。  以上でお話は終わりです。共同研究者は、サルの慢性実験に関しては、 Peter Strick 教授と Donna Hoffman 博士、後半の形態のデータの共同研究者は、東京医科 歯科大学の篠田義一教授と現在京都大学におられます二見高弘先生です。 (拍手) 5.講義後の質疑応答 Q  筋肉のメカニカルな引っ張る方向がなぜM1でコードされないのか、筋肉がもしあ る方向に対して最適に力を出すのであれば、そのような役割分担をするように M1で もその方向に働く筋肉のセレクションがかかってもいいのではないかと思うのですけ れども、なぜそうなっていないのでしょうか?モジュールのセレクションが、筋肉に 対しての最適なセレクションをしていないのはなぜなのでしょうか? A  答えになるかどうかはわからないのですが、生のデータを見ていただくことにし たいと思います。(図)これは、上の方が7個の筋肉のPDの3つのポジションでの分 布を示 しています。これは、一緒に動いていることがおわかりいただけると思いま す。それに対して下の方は、これらの筋肉のメカニカルなトルクの方向です。これを 見ていただくと、上の分布との相関が非常に低いことがおわかりいただけると思いま す。例えば agonist selectionでよくわからない点がいっぱいあるのですが、一番謎 な現象の一つは、FCU という手首の非常に重要な筋肉についてですが、Proneポジシ ョンでこの方向のトルクを発生できるのはこの筋肉しかありません。ところが、これ は全くサイレントなんです。なぜ一番能力のある筋肉を使わないのか、これは最初か らずっと疑問でして、実は これはサルによらないんです。3頭のサルで調べたので すが、このタスクを過剰に訓練した状態では3頭とも全くサイレントです。このよう なサルでも、いったん腕を自由に動かせるようにしてやると、ちゃんと FCUの活動が 認められますので、記録の問題ではありません。ですから このタスクでの agonist selection は素朴な合目的的な理屈では説明がつかず、私の理解を越えているという のが正直なところです。このFCU の問題をとりあえず無視したとしても、いずれのポ ジションでも筋電図のPDと筋のメカニカルな作用の方向の間にあまりきれいな相関 はないことがわかります。例えば、 FCR という筋肉は Proneポジションで Radial deviation のトルクを持っているのですが、実際に使われる方向はこちらにシフトし ています。これは FCU がサボってますので、それを補う形でこちらにシフトしてい るのだと思います。こういう agonist selectionは普通に考えた「最適」と違ってい るように思います。それから筋活動のPD同士の相互関係を保つというのは、おそら く中枢の回路での相互作用が同じに保たれていると考えれば説明できますので、中枢 での相互作用はそのままにしてゲインのみ変えるというような、微調節で対応すると いうのが、脳の中の戦略と言いますか、 戦術と言いますか、そういうものに思えま す。 Q  脳の方の回転制約( が主、重要)で、筋肉の最適な方向を選んでいないという こ とですね? A  そのように思います。少なくとも非常に限局した小さな運動ではそのように見え るわけです。 Q  握り方など姿勢に特異的に発火するニューロンが運動前野にあると聞いたのです が_。 A  基本的にサルはきちんと握っておりませんので、指の筋肉はほとんど使っていま せん。ですから、指の筋肉が関連した現象ではないと考えています。 (コメント)  もっと簡単な系ですけれども、最適制御などの筋肉のふるまいを調 べてみるとやっぱりPDは違っていて、そういうような最適性が脳の中で表現されてい て、筋肉のメカニカルなPDとは違うというような考え方はここには通用しないのです か?例えば筋肉のtension の和とか筋肉のサイズに応じた力の出しやすさからメカニ カルなPDとは違う方向に対して最適な力を出すというようなことがある、というかす ごく簡単な系ではそういうことが成り立つのですけれども。だからメカニカルなPDと 実際に動かしてみたときのPDは違って、それが脳の中で解かれているというふうに計 算論的な考え方でできるかもしれないし、モジュールの選択など implementation の 問題とは別にそういう考え方ができるかもしれないと思います。 Q  (コサインチューニングに関する質問、よく聞き取れず) A  中枢のニューロンで チューニングがskew している例はほとんどありません。だ いたい対称で、ガウスなどよりもコサインが一番フィットします。 Q  今のお話は motor cortex と筋肉の間のお話ですけれども、実際にはその間に spinal cord が入っているわけですよね?実際に一連の動作をしているときには、そ の間にフィードバックがかかってそれに対する???するような筋肉が動き出したり そういうことがあるのではないでしょうか?(一部よく聞き取れず) A  そういう問題はおっしゃる通りです。そういう議論を避けるためにタイムウィン ドウを運動のオンセットのプラスマイナス25msecにそろえたんです。そういうタイム ウィンドウにすれば IA -reflex(伸張反射)の潜時とほぼ同じなのでreflex による 影響をほぼ除外できます。 Q  筋肉の PD を測っているときもそのような短い時間で測られているのですか? A  そうです。筋肉の解析はプラスマイナス25msecで、ニューロンは運動のオンセッ トからさかのぼって 100msecのタイムウインドウです。当然、タイムウィンドウの場 所は違うのですけれども。筋肉の方が活動が始まるのが遅いですから。 Q もちろん考え方としては、 corticospinal トラップで spinal ニューロン で? ??に乗り換えるというのがありますけれども(一部よく聞き取れず)、そうではな くてindirect にたくさんついているものもありますよね? A  おっしゃる通りです。corticospinal は、ともすると元ニューロンに direct な 系と短絡的に考えられがちですけれども、実際にはおそらく直接ついているのは1 0%あるかないかという程度です。むしろほとんどの入力は脊髄にあるインターニュ ーロンを介していきますので、そういう意味では corticospinal の活動が筋肉の活 動ときれいに対応しないことは充分にあり得ます。ですから、脊髄の中でさらに処理 する必要があることは疑いないです。 Q   Extrinsic world の座標系を何が見ているのでしょうか?例えば重力を見て 前 庭器官から入ってくるシグナルで外部座標系を見ているのか、あるいは vision なの か、それについて何かアイデアはお持ちでしょうか? A  それは非常にすばらしい質問で、それは私たちもどういうことなのだろうかと考 えました。一つのアプローチの仕方としては、サルの体を傾けて同じタスクをさせれ ばたぶんそれに対する回答が得られると思います。しかし、半年くらい議論したので すがついにその様な操作をする許可をもらえませんでした。というのは、実験器具は 傾けるように作っていませんので傾けるということはモンキーチェアー人が支えてい るわけで、万が一何か起こって倒れてしまった場合には実験がすべてダメになってし まうからです。これに関しては、将来的にやってみたいと思っています。 Q 例えば、サルの顔だけ傾けるということはできないのですか? A  頭を固定していますので顔だけ傾けるということはできないです。おそらくそう するとサルは嫌がります。サルはちょっと変わったことをやると非常に嫌がりますの で、毎日同じようにしないとダメなんです。人間の被験者と違って flexibility が 0に近いですから。三つのポジションを覚えさせるのにも半年くらいかかることもあ りますので。 Q  少なくとも座標系を一致させることと新たに作り出すこととはかなり意味が違っ てくる可能性がありますよね? A  そうですね、おっしゃるとおりです。 Q 関節座標系に沿って活動するものはほとんどないのですか? A  ないです。 Q それは、このタイムウィンドウで見ているから、ということではないですか? A  そうではないです。 moving タイムウィンドウのテクニックでずっと時間を追っ てPD の変化を見ているのですけれども、あまり変わりません。つまり、biphasic の ような活動を示すニューロンはあまりなくて、たいていは増えて減るという単調な変 化です。だからほとんどのニューロンでPDは時間とともにあまり変わりません。例え ば後半になると関節座標系が増えるとか、そういうこともありません。 Q  S1には関節にチューンした細胞がありますよね? A  それも大事なことですけれども、S1からは記録していません。皆、S1には関節座 標系というものがあると仮定しているわけですけれども、S1から記録すればそういう ものが本当に中枢にあるかどうかがわかると思います。実際のところ、生体の関節は 非常に自由度も大きくていわゆるヒンジのような単純な構造ではないので、私たちは 実験を行うときは関節が一番測りやすいので関節の曲がり具合を変数として仮定して いるのですけれども、ひょっとしたらそういうこと自体が問題になるかもしれませ ん。ですから私たちが思っているよりも、本当の生体の関節座標系はより複雑である 可能性があると思います。それはS1で実際に記録して確かめてみないとわからないと 思います。 Q  Proneから Supineへアナログで変えていったときに、PDとの関係は linear にな るのか、それとも何らかの nonlinear な関係になるのでしょうか? A  たぶんそんなに単純な linear にはならないと思います。 Prone, Middle, Supineですから点が1個中間にあるのですけれども、 ProneからMiddleへ90度回転 したときとMiddleからSupineへ90度回転したときのシフトの量を比較してみると、 あまり均等でなく、きれいな線形ではなくて非線形的な挙動を示すものがあります。 極端な例としては、今日示した中には入れていませんけれども、いったん同じ方向に 回ってその次に逆方向に戻るというような変なものがあります。本当はそういうもの も全部包括的に説明できるモデルにしないといけないと思いますけれども。そういう 単純には理解できないようなニューロンもありますので、お答えとしては少なくとも 直線的な変化ではないと思います。ただ実際には、 gradual に変えていくというの は、そんなに長くニューロンを保持するのは難しいのでテクニカルには非常に困難で す。 (銅谷先生) どうもありがとうございました。 (拍手)